ふれっしゅらいふ、その後のハナシ。
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    くじらになるのだ
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      意識・意思は脳のニューロン(神経細胞)が送りあう電気信号の反応だ。
      =意思は物質に付随する事象なのだ
      これぞ今風、これぞクールな認識なのだと鼻の穴を広げる。


      西田幾多郎は全く逆の(別の)観点から世界を定義した。
      「意識が体の中にあるのではなく、身体が自己の意識の中にあるのだ」
      すごくおもしろい。彼の言いたいことがちゃんと理解できたら、物の見方がひっくりかえるんだろうな。誰かわかりやすく解説してくれないかな。物質は抽象で、意識こそが具体的事実なんだ。おもしろいな〜。

      最近とっても気になるのが、西田幾多郎、鈴木大拙、泉鏡花。
      さて、彼らの共通項はなんでしょう?(^m^)


      最近呼吸が浅いから、意識してしっかり息をしようと心がけてる。
      くじらになるのだ。できるだけおっきくてかっこいいやつがいい。

      言葉を忘れる時間ってのが人間には必要なのかもしれない。
      すっかり言葉のない世界に浸る時間が。
      それをメディテーションと言う人もいる。禅と言う人もいる。
      マラソンとか、サッカーとか、スポーツかもしれない。
      陶芸かもしれないし、絵を描くことかもしれない。

      言葉を離れないと近づけない場所がある。
      小学校に上がる前(或いはもっと早い段階)までは
      自由に行き来できていた場所。
      そこには全てがあった。一瞬の中に永遠があった。


      くじらになるのだ。できるだけおっきくてかっこいいやつがいい。

       
      00:40 考えること comments(0)
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