ふれっしゅらいふ、その後のハナシ。
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    無知の追及
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      知れば知るほど、わからないことが増えていく。

      本気で何かを追及しようとしたとき、勉強に限らずスポーツやら
      趣味やら、はたまた好きなあの人のことなんか考えるとき
      きっと皆、こう考えた経験があると思う。



      科学だって、本質的にはそういうこと。

      「世界を理解し、事実やデータをするための秩序立てられた仕組み」
      「科学的手法とはデータから確固とした事実を導き出すためのルール」
      と、こんな風に考えられている科学も、本当のところ
      真っ暗闇の中でぶらぶらしてる」だけに過ぎない。なんて。

      One never notices what has been done but only remines to be done.
      - Marie Curie

      人の関心は、成し遂げられたことよりも、これからやるべきことにある。

      それこにある(ある?)のはつまり、ignorance(無知)

      Throughly conscious ignorance is the prelude to every real advance in science.
      - James Clerk Maxwell

      ハッキリと自覚した無知こそ、科学の真の発展の前奏である


      科学者にとって重要なのは、何を知っているのかではなく
      何を知らないのか(何を問うべきなのか)知っていること。
      ここで思い出した、「知らないということを知っている」。
      これは私の人生のキーフレーズでもある。
      右知っていると錯覚すること

      いくら知識が増えたって、知らないことは決して無くならない。
      私は何を知らないのか、それを知らないことには知ることはできない。

      ある国のある時代、丸い金魚鉢を法律で禁止したそうな。
      世界が歪んで見えるから可哀そうだ。そう考えて。
      でも金魚鉢の金魚は、そこから見える世界こそがありのままの世界であって
      それを歪んでいると捉えるのは別の視点で生きている人間だからなんだ。
      右丸い金魚鉢の中で考える
      右神と宇宙と人間と



      一般的に「科学のモデル」として考えられるいくつかのイメージは
      ことごとく間違っている、とこのTEDスピーチで彼は言う。
      パズルのピースをはめていく?玉ねぎの皮むき?氷山の一角?
      どれも共通するのは、「最終的には到達できるもの」であること。
      「人間が管理することが出来るもの」。でも、残念ながらそうじゃない。

      彼が示す科学のモデルは水面の波紋
      知識は、未知を生み出す。

      集めた知識は何のためにあるのか?事実の集積は何のために?

      We're using it to make better ignorance, to come up with,
      if you will, higher-quality ignorance.

      よりよい無知を作り出すため、より高次の無知を。

      すごくショボい私の例に照らし合わせるなら、
      始めたばかりの中国語に対する疑問(無知)と、
      今ある程度勉強を進めたうえでわいてきた疑問(無知)の
      質は明らかに違う。(そう願いたい・・・)




      縦軸は「何を知っているのか」。「何も」から「全て」まで。
      横軸は「どのくらい知っているのか」。つまり知識の深さ。

      これを、こう変えたらどうでしょう、と。(ここ大好き)



      横軸を「なにを尋ねることが出来るか」にする。

      たくさんの知識を持つのは大切なこと。
      ただなんのために知識を身に着けるのか、というと
      「より多くの疑問を持つため」なんです。


      「事実」はクリックするだけで得られる時代、必要なのは事実の外にある。
      じゃあ、教育はどうすればいいのか?


      後半、教育の問題点のひとつである「テスト」についての
      くだりがあるんですが、ここもとっても面白い。

      学校の教育方法はまるで拒食症。
      とにかく喉につっこんでるだけで、何も血肉とならない。


      テストは確かに効率が良い方法だけど、
      何のためにそれをやるのかハッキリさせないといけない。
      評価のためのテスト」なのか「選抜のためのテストなのか」。

      評価」はフィードバックや試行錯誤のチャンスを与えるもの。
      長期的な視点で行われるものでなくてはならない。
      これは「選抜(除草作業)」とは違う。
      それなのに今世の中では「選抜」を指して「評価」と呼んでいる。

      Education is not about filling buckets;it is lighting fires.
      - William Butler Yeats


      これは手帳に書き留めておこう。

      より「高次な無知」を作り出すために学ぼう。
      詰め込み教育への批判からゆとり教育をすすめ、
      結局また矛先が定まらないまま教育方法を模索している。


      宇宙物理学者の佐藤勝彦さんも、同じことを言っていた。
      右ブラックボックスをのぞきこむ
      幼児教育、仕事との関わり方、いろいろリンクしてきますな。

      子ども、教育に関していえばこんな記事も書いていた。
      右子ども/母親/教育

      そうそう、いつも愛読している保育士おとーちゃんの子育て日記
      先日の記事がとっても心に響く内容だったので、ご紹介します。
      『子供を子供にする』
      英才教育を目指すお母さん、幼児教育に興味あるお母さん、
      英語育児に力を入れているお母さん、普通のお母さん、
      ぜひご一読くださいまし。


      最後は特にまとまらないまま書いてしまったけど
      珍しく頭に血が流れてる今日この頃でありました。
      (最近ずっとゾンビみたいに生きてる私)


      またまた長い記事になっちゃいましたが、
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